(天理教の時間)
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第1405回2026年9月25日配信

伝えたい思いがある

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関根 健一

文:関根 健一

第1285回

ある女性教友の終活

出張所開設以来の教友が出直した。数年前から終活に取り組んでいた彼の去り際は、実にきれいなものだった。

ある女性教友の終活

インドネシア在住  張間 洋

 

先日、ジャカルタ郊外で教友のAさんが81歳で出直されました。その知らせに、その月のインドネシア出張所月次祭に参拝した誰もが耳を疑ったと思います。なぜなら、祭典でてをどりをつとめ、直会の席で談笑し、自分の足で公共交通機関を使って帰るAさんの元気な姿を皆が目にしていたのですから。しかも突然の訃報が入ったのは、その月次祭の翌日のことでした。

ただでさえ歩行者に優しくないジャカルタの交通事情の中、公共交通機関のみで片道二時間かけ、月次祭に毎月欠かさず参拝してくださる姿を見て、常々頭の下がる思いがしていました。

知らせを受け、夕暮れ前にジャカルタ郊外にあるAさんの自宅にうかがいました。寝室に通してもらうと、白布を掛けられている亡骸が目に飛び込んできました。布をとってお顔を見た瞬間、前日お会いしたばかりでこんなことがあるのかと、感情を抑えきれませんでした。

Aさんはここ数年、人生の終わりを見据え、終活に取り組んでいました。生涯独身で、親戚も海外在住の実の姉と、疎遠になっている義理の妹がいるだけだと聞いていました。

数年前に持ち家を手放し、家具や家電も少しずつ処分し、写真や思い出の品なども整理しているとのこと。私にも「出張所でこのDVDプレーヤーを使ってね」とか、「このこけしは日本に行った時のものだから、出張所で引き取ってね」などと声を掛けてくれていました。

また、寝室にはすでに死装束として、教服一式や下着などが一つのかばんに入れて準備されていました。出張所の月次祭でも以前は教服を持参していたのですが、それをしなくなった理由がこの時に分かりました。

Aさんは1987年、インドネシア出張所が開設される年におさづけの理を拝戴して以来、ずっと途切れることなく足を運び続けた方で、出張所では世間話もお好きでしたが、いつも教祖のお話をすることを好まれました。ここ数年はさらに熱心に教えを求め実践し、周囲の方々に伝えることを地道に続け、時折そうして声を掛けた方を出張所に導いていました。

また終活の一環として、近隣の方々とのお付き合いをとても大事にしていました。訃報を受けて自宅を訪れた際、「あの、もしかしてコミュニティからの方ですか?」と声を掛けられました。

何のことかと思ったのですが、よく聞いてみると、コミュニティとは天理教のことを指していました。Aさんは「私にもしものことがあったら、後のことはすべてコミュニティの人たちに委ねてほしい」との遺言を、近隣の親しい方や町内会長さんに託していたのです。

インドネシアでは、一般的に「宗教」とみなされるのはイスラム、カトリック、プロテスタント、ヒンドゥー、仏教、儒教の6つで、全国民がこの中のどれか一つに所属し、宗教省という行政機関のもとに管理されています。ゆえに、出生や結婚、死亡などの節目の際には、所属宗教の認可と書類手続きが必要になるのです。

Aさんの遺言は、当然それを理解した上でのもので、どのように見送ることができるか、私たち天理教の者数名と近隣の方々で話し合いを持ちました。

まず、遺言通り天理教式で葬儀をすることは現実的に不可能なので、所属している宗教に則った葬儀を行うことになり、葬儀ののちは火葬し、海へ散骨してほしいとの遺言についても検討しました。喪主となるべき家族や親族が不在で、決定権があいまいな中、その夜のうちに居合わせた者で相談し、まずは斎場を押さえるところから動き始めました。

すると、数珠繋ぎのように信じられないことが立て続けに起こりました。まず斎場に行くと、夜中にも関わらず、同行していた近隣の方の同級生だという神父さんがたまたま居合わせ、その方に頼んで葬儀を取り仕切って頂くことになりました。その神父さんはその場で実に手際よく、斎場への亡骸の搬送から、式に至る段取りまでつけて下さいました。

さらに驚いたことに、斎場に寄贈者不明の棺が届いていたり、町内会で霊柩車を所持していたことも重なり、日付が変わる頃にはすべての準備が済み、その日に葬儀を行い、夕方には火葬まで終える手筈が整ったのです。

疎遠だった義理の妹さんとその家族にも連絡が取れ、葬儀への参列が叶い、無事見送って頂くことができました。

斎場での式が終わった後、出張所において、天理教式の葬後霊祭という形をとって信者一同で見送らせて頂きました。その直会の席で、いかにAさんの出直し、去り際がきれいなものだったか、そして、Aさんをいい形で見送りたいという近隣の方々の思いがどれほど強いものであったかが話題になり、それもAさんの温かい人柄と、何より信仰者としての日々の通り方によるものであったのだと感心せずにはいられませんでした。

このインドネシアで天理教の信仰を続けることがいかに大変なことかを考えると、今さらながら頭の下がる思いがします。

そして、出直す前日の月次祭の参拝は、親神様がAさんの真実のつとめに対して与えられた最後の贈り物だったのかもしれないと、今、思いを馳せています。

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