(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1263回

喜びを見つけていく

引きこもりの子を抱える両親が、わらにもすがる思いで教会本部の「説教」に参加。そこでの話がヒントになり…。

喜びを見つけていく

大阪府在住  山本 達則

 

私たちお互いは、誰しも日常生活の中で、少なからず不満や不足の種を持っています。家族のこと、仕事のこと、健康のこと、人付き合いのことなど。さらにそれらは毎日のように、その時々の気持ちによって変化していくものです。

以前、ある引きこもりの男の子に出会いました。彼は長期にわたって全く部屋から出てこられなくなり、そのやるせなさを大声を出すことで紛らわせていました。両親をはじめ家族は、その声に怯えながらの生活が続き、心も体も疲弊し切っていました。両親はわらにもすがる思いで、教会に熱心に足を運びご守護を願いましたが、中々明るい兆しを見ることはできませんでした。

そんな中、両親はある日、天理教の教会本部で行われている「説教」に参加し、このようなお話を聞きました。

「今の自分の姿が、不都合な受け入れがたい姿であっても、神様はたすけてやりたいという親心いっぱいでお見せくだされているんです。私たちにできるのは、その中で喜びを見つける努力をすること。それがご守護を頂ける、唯一の心の持ち方なのです」

お話が終わって席を立とうとすると、同じくそばで聞いていたご婦人から声を掛けられました。そのご婦人は、娘さんが若くして大病を患い、闘病の末、35歳という若さで亡くなられたそうです。ご婦人はその現実がどうしても受け入れられず、「なぜ、自分の娘だけがこんなことに」と、ずっと苦しんでいるのだと打ち明けました。

「でも、今日お話を聞かせて頂いて、娘が亡くなったことも、神様の親心なんだと理解できました。これからは『娘を35年間も生かして頂いてありがとうございました』とお礼を言いながら、通らせてもらおうと思います」と、最後には笑顔で帰って行かれたとのことでした。

この日の話を受け、両親は二人で話し合いました。

「これまで、息子のことで喜んだことなんてなかった。なぜうちの息子だけが? 他の子は何事もなく学校に通っているじゃないか。そう思って悔んだり、恨んだり、悲しんだり…その繰り返しだった」

そして夫婦で反省し、息子さんの今あることを喜ぼうと、心を定めたのです。

数日後、両親にお会いすると、ご主人が「息子はこのままでも構いません。あの部屋から出てきてくれることを諦めたわけではありませんが、とにかく、生きていてくれることを喜ぼうと思います」と言ってくださいました。そしてその半年後、ついに息子さんは部屋から出ることが出来たのです。

私たちは誰しも夢や希望、理想というものを持っています。それがあるからこそ、毎日の暮らしに活力が湧いてくるのだと思います。しかし、自らの行動を顧みることなく、心の入れ替えもせずに、ただ望むばかりでは、それが叶わなかった時、不満や不足が募ってしまうことは目に見えています。

神様のお言葉に、

「理は見えねど、皆帳面に付けてあるのも同じ事、月々年々余れば返やす、足らねば貰う。平均勘定はちゃんと付く」(「おさしづ」M25・1・13)

とあります。

自分の思い描く姿に見合うような心の持ち方や、それに伴う行動がなければ、その夢はいつまでも、夢のままで終わってしまうのではないでしょうか。

スポーツの世界でも、人より秀でた成績を残す選手は、日常で間違いなく、その結果に見合った努力を重ねているものです。同じように、「家族円満」という姿を叶えている家族には、それに見合った日常の心遣いや行いがあるに違いありません。家族お互いが、日常の何気ない出来事に対しても、有難いと感謝し、喜ぶ姿があるはずです。

自らの夢や希望や理想を引き寄せる第一歩は、自分自身の中に喜びを見出す努力を続けることではないか。最近、そんなことをつくづく感じています。

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