(ラジオ天理教の時間)
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第1207回2022年12月3日・4日放送

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坂口 優子

文:坂口 優子

第1205回

心に届くもの

主人の中学校の同級生Sさん。未信仰だった彼が修養科を志願したのは21年前。現実から逃れたい一心だったという。

心に届くもの

 神奈川県在住  一瀨谷津子

 

眠れない夜のしじまの中で、窓に面した机の前に座りました。昼間の暑さはどこに隠れてしまったのか? 開けた窓からは心地よい風が流れ、暗い夜にエアコンの室外機の音だけが響きます。

夜中に眠れずに起きることなんてなかったのに…。こんな時間もあることを知る年になりました。「眠れなくて」と話す人の気持ちが、今なら少し理解できそうです。ぼーっと暗い窓の外を眺めながら、眠れないまま朝を迎えるのも悪くないと思えてきます。あと数時間もすれば、必ず朝は来るのですから。

私たちの教会では、月に一度の祭典日の月次祭の後、信者さん方が順番に当番を決めてお話をします。近況報告をする人や、自分の信仰を語る人など、内容はそれぞれです。今日は主人とは中学校の同級生で、21年前に信仰を始めたSさんのお話を紹介します。

「会長さんとは中学時代、野球部で三年間一緒で、二年生の時には同じクラスになりました。遠足でバスに乗って箱根まで行った時、途中でクラスメイトが車酔いをして吐いてしまいました。すると、すぐ会長さんが飛んでいって、吐いたものを手早く片付けたのです。「すごいなー」とびっくりしたのを覚えています。

その後も会長さんと友達付き合いは続きましたが、信仰はしていませんでした。そんな中、私は21年前に会社を退職して、三か月間教えを学ぶ修養科に行きました。天理教についてほとんど知らないばかりか、今までの生活から逃げたいという甘い気持ちだったので、初めの頃は毎日掃除ばかりさせられて、少し辛くて早く帰りたいと思っていました。ただ一月、二月経つうちに、少しずつ自分の気持ちが洗われていく感じがしました。

修養科を修了した後はヘルパーの資格を取り、デイサービスや認知症の高齢者施設でヘルパーを経験し、その後ケアマネージャーを10年勤めました。3年前に退職し、今は妻と二人で暮らしています。正直、私はそれほど強い信仰心を持っている訳ではありません。ただ、強い信仰心を持っている会長さんを信頼して、毎月月次祭に参拝させて頂いています。月に一度の参拝を、とても楽しみにしている一人です。これからもよろしくお願いします」。

Sさんは大手企業の人事部に長らく勤め、いつも元気で力強く、順風満帆の人生を送っているはずでした。ところが、40代半ばの頃、バスの中で久しぶりにバッタリ会った時、Sさんの痩せた姿に、「大丈夫かな」と心配になりました。

それから間もなく、夫からSさんが修養科を志願されたことを聞きました。仕事上のことで、精神的に辛い状態にあることも知りました。とても驚きましたが、この時がSさんの人生の転機であり、運命が変わっていく瞬間だったように思えてなりません。

私自身、若い頃、現実の生活から逃げたい気持ちで信仰の扉を開けました。Sさんと同じように、天理教のことを何一つ知らずに修養科に行きました。バスの中で久しぶりに会ったSさんが、21年後の今、目の前でされるお話に、心が温かくなりました。この教えによって人生の転機を与えられたことに、私自身あらためて感謝の思いが湧いてきました。

ふと思う時があります。たくさんの宗教がある中で、この教えに出会えて良かったと。誰もが心の中にチクリとする傷を持っていますが、その人の痛みに寄り添い、人としての温かさや優しさを育めるのは、私の出会ったこの信仰のおかげです。

朝が来ました。鳥の声が聞こえます。神殿の窓を全開にし、朝の空気を胸一杯に吸い込みます。ふと、参拝場の掲示板に貼ってあるポスターが目に留まります。

「いろいろな悩みや人生の節目に、必ずたすかる道があります」

天理で三か月を過ごす修養科へのお誘いポスターです。
長い人生、ほんの少しの寄り道も悪くないなあ。私の人生も、Sさんの人生も、修養科によって変わりました。それはきっと、形や色は違えど、それぞれの心に届くものがあったからだと思います。Sさんは最近、日曜日のおつとめ練習にも参加してくださっています。

夜明けを迎えた空は素敵です。気持ちのいい風が吹いています。だいぶ早起きした一日のスタートですが、今日一日の命に感謝をして、「おはようございます」。さあ!おいしいごはん作りから始めましょう。

 


 

人を救けるのやで

 

神様は、私たち人間の良くない心遣いを「ほこり」にたとえて戒められています。その心遣いを反省する手掛かりとして、おしい、ほしい、にくい、かわい、うらみ、はらだち、よく、こうまんの八つをお教え頂いていますが、これは元をたどれば、どれも自分中心、我が身勝手の心遣いです。その代表格として、「みかぐらうた」の中では、「よく」のほこりについてお諭しくだされています。

  よくのないものなけれども
  かみのまへにハよくはない(五下り目 4)

神様は、欲のない人間などいないことはご承知です。誰にでも欲はある。しかし、神様の前に額ずき、真剣に祈る時、欲は消え去る。その真実の心に、神様はお働きくださることを教えられています。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」をめぐって、こんな逸話が残されています。

明治十五年のこと。小西定吉さんは、人の倍も仕事をする働き者でしたが、ふとした事から胸を病み、医者からも見放されてしまいました。折しも妻のイエさんが二人目の子を妊娠中で、夫婦揃って教祖のお屋敷へ参らせて頂きました。

イエさんが安産の許しである「をびや許し」を頂くと、定吉さんは「この神様は、をびやだけの神様でございますか」と教祖にお伺いしました。すると教祖は、「そうやない。万病救ける神やで」と仰せられました。そこで定吉さんが、「実は、私は胸を病んでいる者でございますが、救けて頂けますか」とお尋ねすると、教祖は、「心配要らんで。どんな病も皆御守護頂けるのやで。欲を離れなさいよ」と、親心溢れるお言葉をくださいました。

「欲を離れなさいよ」とのお言葉が強く胸に食い込んだ定吉さんは、家に戻ると早速、手許にある限りの現金を全て妻のイエさんに預け、離れの一室にこもって、紙に「天理王尊」と書いて床の間に張り、「なむてんりわうのみこと なむてんりわうのみこと」と一心に神名を唱え、お願いをしました。部屋の外へ出るのは用を足す時だけで、朝夕の食事もその部屋へ運ばせるという徹底ぶり。すると不思議にも、日ならずして顔色も良くなり、咳も止まり、長い間の苦しみをすっきりお救け頂いたのです。(教祖伝逸話篇 100「人を救けるのやで」)

さらに、妻のイエさんも楽々と男の子を安産させて頂き、定吉さんは早速おぢばへお礼に帰らせて頂きました。教祖に心からお礼を申し上げると、教祖は、

「心一条に成ったので、救かったのや」と、大層お喜びくださいました。まさに欲を離れて一すじに祈る心に、神様がお働きくださったのです。

(終)

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