(天理教の時間)
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第1280回2024年5月3日配信

そこにある幸せ

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1131回

お母さんのハンバーグ

突如、生徒会長に立候補した次男。友達付き合いの苦手な彼がどうすれば当選できるか。あれこれ考えると、妙案が…。

お母さんのハンバーグ

奈良県在住  坂口 優子

 

「俺、生徒会長に立候補したから」
ある日の夕方、思春期で口数の少ない次男が帰宅してこう言うのです。母親として、何事も心配が先に立ってしまう私です。何でも広い心で受け止め、優しい言葉を真っ先にかける母親でありたいのですが…。

次男は、何にでもすぐに声をあげます。調子がいい時はいいのですが、やる気をなくすと大変なのです。お友達とのトラブルも多い子で、同じ学年で5人も立候補者がいると聞いて、当選は難しいだろうと予想できました。

まずは落ち着いて話をしようと思い、「応援演説をお願いできるお友達はいるの?」と聞くと、案の定、二人までお願いできるところを、一人しか引き受けてくれるお友達がいないのだとか。「でも大丈夫!」と、私の心配をよそに、次男は目をキラキラさせています。

こんなに期待して、このまま落選したらきっと勉強も部活もやる気をなくしてしまう。先のことを見据えて、何かいい案はないだろうかと必死で考えました。

すると、あることに気づいたのです。四人の子供たちのうち、上三人は年子で、この時は三人とも中学生でした。生徒会長に立候補できるのは次男の学年の二年生だけで、たとえ二年生の票は割れたとしても、長男のいる三年生と、長女のいる一年生の票を獲得すれば当選できるかもしれない、とひらめいたのです。

結婚前、所属教会の奥さんに「ひらめきは神様やで。一瞬の出来事や、偶然と思える出来事もみんな神様のなさることなんやで」といつも聞かされていたので、「これはもしかしたら当選しちゃうかもしれない」とワクワクしてきました。

さっそく、長男と長女に選挙の応援演説を手伝って欲しいとお願いしました。しかし、二人とも思春期真っただ中。返答はもちろん「絶対いやだ!」。「演説の内容は全部私が考える。読むだけでいいから、お願い、力を貸して!」と必死に頼み、主人からも説得されると、しぶしぶ承諾。二人の協力のおかげで、何とか立会演説会は無事終わりました。

最初は次男が何とか当選できるようにと試行錯誤した私でしたが、終わってみると、結果より三人が力を合わせてくれた嬉しさのほうが勝っていました。

しかし、冷静にみればやはり当選は難しいだろうということで、結果を待たずにお疲れ様のおやつパーティーをしました。きょうだい三人が並んで舞台に上がっただけでみんなに笑われたことや、背の低い妹にはマイクが高すぎて笑われたこと、お兄ちゃんの演説の声が小さかったことなど、わいわい大盛り上がり。

「俺、落ちた気ぃするわ」と急に自信を失くした次男に、「私は勝つ気しかしてないよ」と妹が一喝する場面も。生徒会長になったら学校をこうしたい、ああして欲しい、と希望を語る三人の光景に、たとえ落選しても大丈夫、そう思ったのでした。

当選発表の日、帰ってくるまで待っていようか、でも、もし駄目だったらどうやって出迎えてあげたらいいのか。迷ったあげく、やはり気になり、朝一番の校内放送の音漏れを聞くために学校へ行きました。

放送は案外はっきり聞こえてきたのですが、肝心の新生徒会長の発表のところは学年とクラスしか聞き取れませんでした。次男とは違うクラス番号が聞こえたので、覚悟はしていたもののやはりガッカリして、心配している主人に連絡をしました。「まあ、でも頑張ったよ」という主人の優しい言葉に、帰り道を歩きながら涙がこぼれました。

本人はどんなに落ち込んでいるだろうと、夕飯は次男の大好物のハンバーグを作ることにしました。ハンバーグを作りながら、勝気な娘はきっと「お兄ちゃんのスピーチが悪かってん!」と怒るだろうなあ、と今夜の食卓をあれこれ予想し始めると、浮かんできたのは何十年後かの未来予想図。

「昔、お兄ちゃんと二人で選挙の応援演説したよね。結局落選したけど」
「ショックやったな。恥ずかしいなか頑張ったのに、あかんかってんで」
しぶしぶ承諾した二人は、きっとこんな文句を並べるだろう。

「でもあの日、お母さんハンバーグ作ってくれたよね」
「そうそう、ほんま、おいしかったなあ」
と、最後は自分に都合のいい想像を膨らませ、そうだ、やっぱり私の作ったハンバーグで、今日も、そして何十年後までも家族の平和は守れる! そう願いを込めて準備したのでした。

夕方、別件で学校を訪ねました。職員室の前で待っていると、長女の担任の先生が「お母さん、昨日の応援演説良かったですよ!おめでとうございます!」と声を掛けてくださいました。

「おめでとうございますって…何だろう?」と思っていると、今度は長男の担任の先生が、「お母さん、もう聞いてくれはりましたか?昨日の選挙のこと」と満面の笑みでおっしゃるので、私は放送漏れを聞きに来たことや、ハンバーグを作ったくだりまで全てお話ししました。

先生は優しく相づちを打ちながら聞いてくださり、最後に「お母さん、坂口家の家族愛が当選の秘訣ですね」と、手を叩いて笑顔で仰るのです。

私は驚きで、気づいたら涙をボロボロ流していました。そうです、次男は生徒会長に当選したのです。神様のいたずらでしょうか、どこでどう聞き間違えたのでしょう。子供たちの思い出に残るはずの「落選したけど、美味しかったお母さんのハンバーグ」という記憶は、「お母さん、聞き間違えてハンバーグを作る」という家族の笑い話の種となったのでした。

年子三人の育児は、未熟な私にとって大変な日々で、今も記憶がほとんどありません。けれど、この日ほど、この子たちを神様から預からせていただいた喜びを感じたことはありませんでした。

「成ってくるのが天の理」

すべては神様がなさることだと教えていただきます。神様からいただく数々のご縁はすべて陽気ぐらしにつながっているのですから、何も心配することはないのですね。たとえ予想外の結果が出たとしても、最後にはきっと喜びだけを心に残してくださるのだと思います。

「生徒会長になったら、この学校をみんなが楽しく登校できる学校にします」
そう公約していた次男は、当選した翌日から一年間、毎朝校門に立ち、登校してくるみんなに大きな声で挨拶をしました。お友達付き合いが下手な彼にとっては、勇気のいることだったと思います。

やがて生徒会の他のメンバーも校門に立ち始め、学校周辺の掃除もするようになりました。次男が卒業して三年、中学校の校門では、今も後輩たちが毎朝元気な声を響かせています。

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