(天理教の時間)
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第1279回2024年4月26日配信

欲しい愛情のかたち

宇田まゆみ
宇田 まゆみ

文:宇田 まゆみ

第1122回

ちょっとしたお節介

出産間近の妊婦さんから「変な感じがする」と連絡が。だが「子供を見てくれる人がいない」と来院をためらっている。

ちょっとしたお節介

               助産師  目黒 和加子

 

助産師になって二年目の夏、今夜は仲良しの看護師、内山さんとの夜勤。午後五時、出勤してみると、いつもは20人以上いる赤ちゃんが、12人しかいません。加えて分娩間近の産婦さんもいません。普段と比べて暇なのです。

「内山さん、こんなことって滅多にないよね。ラッキー!」

彼女も、「今日はのんびり仕事できるわ」と、リラックスしている様子。夜勤はゆったりと始まりました。

一時間経った午後六時、外線電話が鳴っています。夜間の外来診療中は一階の受付が外線をとるはずなのに、ずっと鳴り続けています。仕方なく、のんびり暇にしている二階のナースステーションで電話をとりました。

「はい、石田病院です」

「あの~、そちらで妊婦検診を受けている斉藤といいます」

「どうされましたか?」

「夕方四時頃から腰がだるいような、だるくないような、お腹が痛いような、痛くないような、変な感じなんです」

「今、妊娠何週目ですか?」

37週に入ったところです」

「午後七時まで診察していますので、今から来てください」

「それが、主人が出張で子供を見てくれる人がいないんです。陣痛とは違う感じだし、やっぱり明日行きます」

私はふと、「そうや。今日は暇やし、お子さんをナースステーションで預かってあげよう」と思い立ち、電話を保留にしました。そばにいた内山さんに事情を話すと、「わたし、子供好きやから子守するで。まかしとき」と、快く引き受けてくれました。

「今日はお産がなくて、病棟も落ち着いているので、お子さんをナースステーションで預かりますよ」

「えっ…、子守をしてくださるんですか」と、恐縮した様子の斉藤さん。ちょっと考えて、「また痛くなったら不安なので、お言葉に甘えてすぐに診察に行きます。ありがとうございます」

ほどなく斉藤さんは、4歳の女の子を連れて来院。診療の順番が来るまで、胎児心拍モニターを装着するよう前田先生から指示があり、二階でモニターを開始。

腰がだるいだけで痛みは全くないようです。お子さんはナースステーションで内山さんとお絵かきをしています。

10分後、モニターから聞こえてくる胎児心拍がゆっくりになってきました。慌てて部屋に行ってみると、心拍数が100台から90台、さらに80台、70台と低下する徐脈が起きています。

徐脈は、何らかの理由で胎児がしんどくなっている証拠です。へその緒が胎児と子宮に挟まれて血流が悪くなり、徐脈が起きることもあります。こういう時は身体の向きを変えると、胎児心拍数は速やかに回復します。

ところが、慌てて斉藤さんの身体の向きを変えても、心拍数は70台のまま回復しません。この徐脈の原因はへその緒の圧迫によるものではない、重大な何かが起こっていると考えました。

「内山さん、前田先生を呼んで! すぐ、すぐ、大至急!」

斉藤さんに酸素マスクを当てながら、何度も体位変換を試みましたが、やはり胎児心拍数は回復しません。前田先生が階段を駆け上がってきました。

「原因は分かりませんが、おなかの中で赤ちゃんが苦しがっているサインが出ています。このままでは赤ちゃんが危ない。すぐに帝王切開します!」

先生が手短に説明し、直ちに緊急帝王切開をすることになりました。赤ちゃんを蘇生させる準備を手早く整えると、手術室内は一気に緊張状態。しかし、子宮を切開して赤ちゃんを取り上げた先生は、「あれっ?」という顔をしています。

ぐったりしているはずの赤ちゃんは、すぐに産声をあげ、全身ピンク色でめっちゃ元気。羊水に濁りはないし、へその緒や胎盤にも異常所見は見られません。

先生は、
「斉藤さん、赤ちゃんは元気ですよ。心配ないです」と声を掛けながら、キツネにつままれたような顔つき。私も同じような不思議に包まれながら、赤ちゃんの計測を始めたその時です。

「何や? あっ、これは!」

ギョッとした顔でおなかの中を見つめる前田先生。子宮をつかんだ先生の手の左下、子宮の斜め後方に何かあります。それはテニスボールぐらいに大きくなった卵巣嚢腫。なんと、付け根がグリンとねじれ、破裂寸前の肉団子のようになっていたのです。前田先生が慎重に卵巣嚢腫を摘出し、手術は無事終了しました。

卵巣は通常、そら豆ぐらいの大きさの臓器です。そこに腫瘍ができ、大きくなると重みで垂れ下がり、茎ができます。その茎がねじれては元に戻り、またねじれては元に戻るを繰り返し、いよいよねじれっ放しになると卵巣嚢腫が破裂。すると、気を失うぐらいの激痛が走り、腹腔内に大出血、命に関わります。破裂前のタイミングで手術できたことは、ものすごくラッキーだったのです。

手術後、ナースステーションで缶コーヒーを飲みながら、モニターの記録用紙を見つめる前田先生と内山さんと私。三人とも、今度の出来事を整理できずに首をかしげています。

先生は、
「どう見てもすごい徐脈やもんなあ。普通は赤ちゃんが危ないと思うわなあ。緊急で帝王切開するわなあ。けど、赤ちゃんには全く異常がなかった。でも、帝王切開したから破裂寸前の卵巣嚢腫が見つかった。よかってんけど…。けどな、そもそも斉藤さんは何でこの時間に受診することになったん?」

「外線電話が鳴り続けていたから、受付が忙しいんやと思って私が電話を取ったんです。そしたら斉藤さんが、腰がだるいような、だるくないような、お腹が痛いような、痛くないようなって言わはるから、来院を勧めました」

「そうか。けど、何で子供がナースステーションにおったん?」

「ご主人が出張で、子供を見てくれる人がおらんって、困ってはったから。『明日、受診します』って言わはったけど、病棟ヒマやったし…」

「だから、ナースステーションで子守することにしたんか?」

「私が子守するよって言ったんです」と内山さん。

「いくら暇でも仕事があるやろ。お母さんの診察中に、ナースステーションで子守してくれる病院なんか日本中どこにもないぞ! ほんまに二人ともお節介やなあ」と、あきれ顔。

「すみません…」と、小さくなって缶コーヒーをすする私。

すると、内山さんがいきなりイスから立ち上がり、
「そのお節介がなかったら、自宅で卵巣嚢腫が破裂していた可能性があります。激痛と出血で意識がなくなって、救急車を呼べなかったかもしれないじゃないですか。そうなったら、お母さんも赤ちゃん命がなかったと思います」
真剣な眼差しで先生に言い返しました。

先生は、ベビー室ですやすや眠る斉藤さんの赤ちゃんをジーッと見つめて、「ちょっとしたお節介が母と子、二人の命の分かれ目やったんやなあ」と、つぶやきました。

「でも先生、すごい胎児徐脈やったのに赤ちゃんはめっちゃ元気でした。何でですか?」

「俺も分からん。謎や」

「ドクターでも分からんことあるんですか?」

「あるある。産科は科学的根拠がはっきりせえへん不思議なことが多いんや。けどな、今回のことではっきりしてるのは、俺も内山さんも目黒さんも、お産の神さんにうまいこと使われたというこっちゃ」

神様に使われた三人は、母と子の無事を祝って、飲みかけのコーヒーで乾杯! ナースステーションは、不思議な空気に包まれていました。

 


 
嘘と追従

 

天理教教祖・中山みき様「おやさま」直筆による「おふでさき」に、

  月日にハうそとついしよこれきらい
  このさきなるわ月日しりぞく(十二 113)

とあります。

月日とは、私たちの親なる神様のこと。心のほこりである嘘や追従を繰り返しているようであれば、ついには神様が退く、つまり神様のご守護がいただけなくなると、厳しく戒められています。

嘘とは、自らの利益や保身のために事実ではない偽りを言うことであり、他愛のないものから悪意のあるものまで様々です。追従とは、嘘の一種とも考えられますが、これも利益や保身のために、心にもない褒め言葉などで、人に気に入ってもらえるよう、こびへつらったりすることです。

もちろん、人のことを慮って本当のことを言うのを控えたり、心の底からの褒め言葉を掛けるというのは、悪しき心遣いからの言動とは言えないでしょう。しかし、自己中心的な考えから、たとえば、自分の欲しい物のために嘘をついたり、我が身を守るために追従を言ったりするような、ほこりの心遣いから発せられる言動。それこそ、神様が「これきらい」と言われる嘘と追従の実態です。

同じく「おふでさき」に、

 口さきのついしよばかりハいらんもの
 心のまこと月日みている  (十一 8)

とあります。

神様は、私たちの「心のまこと」を見定めておられます。嘘や追従は、その「心のまこと」からはほど遠い言動であり、常に気をつけなければなりません。

(終)

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