(天理教の時間)
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第1386回2026年5月15日配信

みんなちがって、みんないい

家族円満 相澤加奈子先生
相澤 加奈子

文:相澤 加奈子

第1385回

教祖のお導き

教祖140年祭参拝の帰路、高速道路で事故渋滞が発生。各車両に携帯用トイレが配られる中、出港時間が迫ってきた。

教祖のお導き

 福岡県在住  花田 浩美

 

去る126日、教祖140年祭がおぢばにて執り行われました。私たちの教会からは総勢17名が、福岡からおぢばに帰ることが出来ました。

大変寒い中でしたが、年祭に参拝できて、「ありがたかったね」「よかったね」「教祖に喜んで頂けたかな?」とお互いに喜び合い、その日の午後、大阪発のフェリーで帰るため、マイクロバスで詰所を出発しました。

しかし、ホッとした喜びもつかの間、奈良県と大阪の境目辺りの高速道路上で、前を走っているトラックがハザードランプの点滅を始めました。私たちが乗っているバスもゆっくりスピードを落としていきます。

どうやら渋滞に巻き込まれたようです。しばらくするとバスはぴたりと止まり、二車線とも全く動かなくなりました。

初めは年祭の影響で、交通量が多くて渋滞しているのかなと思っていましたが、消防車や救急車などの緊急車両が次々と路側帯を通り抜けて行きました。これは事故だ、しかもかなり大きな事故じゃないか…。

その時は、まだフェリーの出航時間まで余裕がありましたが、そのうちNEXCOの方が各車両に携帯用トイレを配り始めました。私たちのバスも人数分頂きましたが、その時に前方の事故の様子を聞いてみると、かなり大きな事故で、まだまだ通行できる目途が立たないとのことでした。

バスの中には、乳幼児、妊婦さん、ご高齢の方、がんの身上で横になっている方もいました。出港時間も迫り、だんだん心細くなってきました。

車内の誰かがスマホで調べると、トンネル内で、トレーラーとトラックが衝突し、車が横転したらしいと情報が入ってきました。私たちがいる場所から1.5キロ先に、トンネルが見えます。トンネルの中で車が炎上でもしたら、中の人たちが大変なことになると、皆で無事を祈りました。

ふと車の外を見ると、数人の女性が道路を歩いていました。何があったのか尋ねると、一キロ先に女性用の仮設トイレが設置してあるとのこと。私たちも車椅子の人を連れてバスを降り、一緒に歩きました。

高速道路を歩くなんて初めてで、ちょっと感動しました。しばらく歩くと、仮設トイレには200人ほどの長い列が出来ていました。並んで一時間近く経った頃、仮設トイレの容量がいっぱいになったらしく、携帯用トイレを使うしかない状況になりました。

私は余分に持っていたので、持っていない人がいないか確かめるため、並んでいる方一人ひとりに声を掛けていきました。すると、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。

なんと列の中に、会いたいと思っていた、信仰を同じくする北海道の友人がいたのです。思いも寄らないことに驚き、感激のあまり、何度も何度も無事を確かめ合うかのように、抱き合いました。

私以外にも知り合いに会えた人や、トイレに並んでいる間に意気投合して友達になったりと、渋滞に巻き込まれたからこその出会いが多々ありました。

結局4時間後に通行止めは解除となりましたが、フェリーには間に合わず、陸路で福岡県へと戻ることになりました。

幸い、事故に遭った人たちは軽傷で済んだとも聞きました。大変なアクシデントではありましたが、その中でもバスの車内には笑顔がいっぱいでした。

「何が起こるか分からんけど、皆無事で良かったね」

「これも忘れられない思い出やね」

「護って頂いとるね」

と口々に喜び合い、教祖が最後の最後に私たちがもっともっと喜べるように、心一つになれるように、果たすべきことを与えて下さったのではないかなと思いました。

まさかの状況の中でも、不足することなく、誰を責めることもなく明るく過ごせたのです。そのみんなの姿を見て、本当にありがたく、嬉しく思いました。

無事に参拝できたこと。今こうして元気でいられること。それが、すでに大きなご守護。

普段何も起こらない日。無難で通らせて頂く日。それは〝何もない日〟ではなく、常に大きな難を小さくして頂き、小さな難を、何事もなく、無事にお連れ通り頂いている日なのだと感謝しました。

無難ではなく、小難という事故渋滞に敢えて関わらせ、見せて下さったお蔭で、普段どれほど護って頂いているかに、あらためてみんなで気づくことができました。

日を追うごとに、126日のことが映写機のように思い出されました。あの日の出来事、一つ一つが必要なことで、誰かとの関わりや様々な出来事は、教祖のお導きや後押しであり、どんな事も喜べる、陽気な心を作らせて頂いているのだなあと考えると、何だかワクワクして、心に灯りがともったように温かい気持ちになりました。

教祖は、いつでもそばでお護り下さっていると感じます。お姿は拝する事が出来なくても、たとえ気づかなくても、ご存命で、確実に。

教祖140年祭を終えた今、私自身まだまだ未熟ですが、何事もなく通れる当たり前のような一日が、大難を小難、小難を無難にして頂いていることを忘れず、どんな時も教祖の大きく温かい親心を自らも持てるよう、通らせてもらおうと思います。

教祖、ありがとうございました。

 


 

人類の母親

 

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、どんな人にも無限のやさしさと温かさで接せられました。教祖に一度でもお会いした人は、誰もが言葉に言い表せないほどの温かい親心を感じ、そして誰もが一瞬にして魂を奪われたといいます。

人類の親としての教祖のお心は、子供可愛い一条であられます。早く難儀な人をたすけてやりたい。その限りなく深い親心に、人々はまるで磁石に引き付けられるように、教祖のお屋敷を再々訪ねて行きました。そして、穏やかに接するばかりでなく、時に厳しく天の理をお諭しになりましたが、そのような時には一転して近寄り難く、恐れ多い偉大な存在であられました。

教祖の道すがらを記した『教祖伝』には、このように記述されています。

お声は、平生は優しかったが、刻限刻限に親心を伝えられる時には、響き渡るような凛とした威厳のある声で、あれが年寄った方の声か、と思う程であった。

教祖は、子供に対しても、頗る丁寧に、柔らか優しく仰せられたというが、その優しいお言葉に、ひながたの親としての面影を偲び、刻限刻限に親神の思召を伝えられた。神々しくも厳かなお声に、月日のやしろとしての理を拝する。厳しく理を諭し、優しく情に育んで、人々を導かれた足跡に、教祖の親心を仰ぐ。

さて、明治十九年、教祖は八十九歳の時、櫟本分署へ十二日間拘留されました。深夜に及ぶ厳しい取り調べを受けられましたが、そんな中でも、目の前に菓子売りが通ると、退屈して居眠りをしている見張りの巡査に、その菓子を買ってあげたいと仰せになりました。

また、拘留中にも、刻限刻限にはお言葉がありました。お言葉が始まりかけると、巡査が付き添っている孫の梶本ひささんに、「これ、娘」と注意をし、ひささんが「おばあさん、おばあさん」と止めようとした途端、響き渡るような凛としたお声で、「この所に、おばあさんは居らん。我は天の将軍なり」と仰せられました。

その語調は、全く普段の優しさからは思い及ばぬ威厳に満ちており、ひささんは、畏敬の念に身が慄えたといいます。(第八章「親心」)

教祖は、人類の母親として、広く深い親心をもって、私たち人間の成人をお見守り下される、温かく親しみやすい存在であられるとともに、時に恐れ多くも近づき難い、圧倒的なエネルギーに満ちた存在であられたのです。

この優しさと厳しさ、二つ一つの両面のひながたに、元の神・実の神の地上の現われとしての教祖の存在が実感されるのです。

(終)

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