第1370回2026年1月23日配信
気が付かないまま、守られている
ある生活意識調査によると、多くの人が「安定した暮らし」を求めているという結果が。それには心のあり方がカギを握る…
気が付かないまま、守られている
東京都在住 松村 登美和
先日、インターネットを見ていると、「生活定点」という名前の生活意識調査が目に留まりました。国内の大手広告代理店の研究所が二年に一度行っている調査で、2024年の調査結果が発表されていました。
質問の一つに、「あなたは幸せですか?」という問いがあり、その回答に「幸せ」と答えた人が73.5%、「不幸せ」と答えた人が5.3%、「どちらともいえない」と答えた人が21.2%という結果でした。それを見て、私は「幸せ」と答えた人が思ったより多いなと感じ、なんとなくホッとしました。
続いて関連質問を見ていくと、「あなたが欲しいものは何ですか? 三つまで回答してください」というものがありました。
これに対する答えの上位3つは、「お金」が61.8%、「健康」が47.1%、「安定した暮らし」が41.7%。これについては、やはりお金を求める人が多いよな、と思ったのが率直な感想でした。
ちなみに余談ですが、私は現在60歳です。この調査では年代別の集計もされているのですが、「欲しいもの」に対する60代の回答の1位は、「お金」ではなく「若さ」でした。ここは実に共感を覚えるところでした。
さて、「欲しいもの」の1位、2位が「お金、健康」、3位が「安定した暮らし」という結果を見て、しみじみ思ったことがあります。それは、お金があり、体が健康であっても、「暮らしが安定している」こととイコールではない、ということです。
私は30年近く天理教の教会長を務めていますが、この間、多くの人と出会ってきました。その中には、お金は持っているけれども、暮らしが安定しているとは感じていない人、身体に疾患があっても、暮らしはしっかり安定している人など、様々な人がいます。要は、自分の心のあり方、物事の受け止め方によって、暮らしが安定するかどうかが決まってくる、そのように感じます。
その「暮らしが安定する物事の受け止め方」を身につけることが出来るのが、天理教の信仰の有り難いところです。
少し紹介したいと思いますが、天理教の神様は、天理王命(てんりおうのみこと)というお名前で、親しみを込めて私たちは「親神様」とお呼びしています。
この親神様は、十全の守護を下される神様です。「十全」とは、十分完全ということ。つまり何も欠けることなく完全に、私たち人間や、人間が生きている地上のあらゆることをお守り下されている神様、ということです。
その御守護の具体的な働きを、天理教の教祖「おやさま」は、イメージしやすいように、神様の名前を付けて教えて下さいました。その一つに「くもよみのみこと」という名前のお働きがあります。
「くもよみのみこと。人間身の内の飲み食い出入り、世界では水気上げ下げの守護の理」と教えられています。
飲み食い出入りとは、口から食べて、胃で消化して、腸で栄養を吸収し、血液に乗せて体の隅々に養分を行き渡らせ、お尻から不要物を排泄する。つまり、消化器系や循環器系の働きのことです。
水気上げ下げとは、空から雨が降り、地面に浸み込んで、土の中の養分もろとも稲や野菜が吸収し、育つ。そして水分は蒸発して空に上がり、雲となり、また雨が降る。そうした地球環境の循環の御守護のことです。親神様はそのように、私たちが普段あまり意識をしていない中で、確実に私たちを生かし、守って下さっているのです。
以前、とあるご婦人に、この親神様の御守護の話をしました。するとその方が「なるほど、よく分かります」と仰いました。天理教のことは全くご存知ない方だったので、「どうして分かるんですか?」と逆に聞き返しました。
そのご婦人が言うには、一年前に息子さんが結婚をした。ところが奥さんになった方は食が細く、体も細い。ご婦人は心配して、お嫁さんに「無理をしてでも食べなさい」と促して、食事の量を増やしました。
すると、ふっくら健康そうに見える体になったのに、ある日突然体調を崩し、倒れてしまった。診察を受けると、「お母さんも結果を一緒に聞いてください」と同席を求められました。悪い病気かと思い、恐る恐る病院へ行くと、「お嫁さんはどこも悪くありません」と。
「この人は痩せているけれど、体は内臓も筋肉もとても健康です。ただ、生来全身の血管が細い。無理にたくさん食べて体が大きくなったことで、栄養を届ける血流が追いつかず、心臓が一生懸命に動きすぎて、負担がかかっている状態なんです。お母さん、この人はこの体で十分元気なのだから、無理に食べさせなくて大丈夫です」。お医者さんから、そう言われたのです。
ご婦人は、「人間の目で見て不健康そう、と私は思っていたけれど、実はそれが守られている姿だったんですね。神様の御守護って、そういうことなんですね」と話して下さいました。
お金の有る無し、体の具合、年齢など、それぞれ人により状況は違うと思います。ですが「自分は人と比べて違う」と焦ったり悩んだりすることは、目の前にある幸せを、見落としたり見過ごしたりすることにつながります。
親神様は、一人ひとり、その人その人にふさわしい形で、間違いなく御守護を下されています。
もし、いま「不幸せ」だと感じている方は、「もしかしたら、不幸せばかりではないのかもしれない」と、そして、いま「どちらともいえない」と感じている方は、「もしかしたら、幸せがあるのかもしれない」と、一度考えてみてはどうでしょうか。
むらかたはやくにたすけたい
江戸末期、この教えが伝え始められた頃は、人口のおよそ八割の人々が農業に従事していたと言われています。お言葉に出て来る「村方」とは、その農家の人たちのことを指します。
直筆による「おふでさき」に、
村かたハなをもたすけをせへている
はやくしやんをしてくれるよふ (四 78)
とあるように、教祖は近隣の村方の人々をとても気にかけておられます。「一に百姓たすけたい」と仰せになったのも、困窮する農家の多い時代、人々が食糧に困らぬように陽気ぐらしへ導いてやりたいという、まさに人類の母親ゆえの思召しからであると言えましょう。
その一方で、「みかぐらうた」に、
むらかたはやくにたすけたい
なれどこゝろがわからいで (四下り目 六ッ)
とあるように、そうした教祖の親心が、当時、お屋敷の近隣に住む人々にはなかなか伝わらなかったのです。
人々は、普段から身近に教祖に接しているがゆえに、その心安さもあって、教祖が神のやしろとなられたことを理解できなかったようです。ましてや、「貧に落ち切れ」との神様の思わくのままに、食べ物や着る物、家財道具や金銭、田畑まで次々に施されるのですから、驚くのも無理のないことでしょう。
そうしたなか、誤解を解かなければたすけの道が前へ進まないとの思いから、教祖自らお針の師匠をつとめられたり、また息子の秀司さんは寺子屋を開き、近所の子供たちに読み書きなどを教えられました。こうして村人たちは少しずつ、教祖の行いが憑き物や気の違いによるものではないことを理解していったのです。
このような逸話が残っています。
明治八年九月二十七日、この日は、教祖の末女・こかん様の出直した日です。庄屋敷村の人々は、病中には見舞い、容態が変わったと聞いては駆け付け、葬式の日は、朝早くから手伝いに出ました。
葬式の翌日、後仕舞の膳の席で、村人たちがこかん様の生前の思い出を語っていました。そして教祖に思いを致し、話し合ううちに、「ほんまに、わし等は、今まで、神様を疑うていて申し訳なかった」と、中には涙を流す者さえありました。
そこで「わし等も、村方で講を結ばして頂こうやないか」と相談がまとまり、その由を教祖に申し上げました。講とは村々における信者の集まりのことで、いわば賑やかにおつとめがつとめられるわけですから、教祖は大層お喜び下さいました。
こうして、最初はお屋敷へ疑いの目を向けていた村方の人々へも、徐々にこの教えが広まっていったのでした。
(終)
HOME

