親身の親
千葉県在住 中臺 眞治
我が家には、8歳と6歳の娘がいます。今はまだ幼く「お父さん、見て見て」と声をかけてくれたり、「お父さん、一緒にあそぼう」と手を引っ張って誘ってくれたりします。そんな時間を私はとても幸せに感じています。
けれども、子供は成長します。だんだんと家族以外の世界が広がり、親と過ごす時間は減っていくのでしょう。親にとって、子供の成長は嬉しくもあり、どこか寂しくもあるものだと感じています。
私は以前、子供とあまり遊んでいませんでした。そのことを反省した出来事があります。
娘の通う幼稚園の行事に参加した時の話です。そこで園長先生が、保護者に向けてこんなお話をして下さいました。
「今のうちに、しっかり子供と遊んでおかないと、将来困った時に相談してもらえなくなりますよ。一緒に遊びながら、喜んだり悲しんだりする。その積み重ねが、〝親は自分のことを分かってくれている〟という安心につながるのです」。
その言葉を聞いた時、私はドキッとしました。我が家の娘たちはとても仲が良く、放っておいても二人で楽しく遊んでいます。妻も子供と遊ぶのが上手で、三人で出かけることもしばしばあります。
それに比べて私は、「仕事があるから」「疲れているから」と理由をつけて、あまり一緒に遊んでいませんでした。「このままだと将来、私だけ相談してもらえない父親になるかもしれない」そんな思いが胸をよぎりました。
それ以来、妻と子供たちが「三人で遊んでくるね~」と言う度に、園長先生の言葉を思い出し、「ちょっと待って、俺も行く~」と後を追いかけるようになりました。
公園で遊んだり、お昼ご飯を食べに行ったり。特別なことではありませんが、その時間が今では、私にとってかけがえのない温かい時間になっています。正直に言えば、今さらあわてて関わり始めた私が、将来どこまで頼ってもらえるかは分かりません。それでも、この時間の積み重ねを大切にしたいと思っています。
子供が将来、誰に相談するのかを考えた時、私はふと、あることを思いました。
私は最近、疑問に思ったことを対話型AIに相談することがあります。膨大な情報の中から、自分では決して思いつかない答えを示してくれる、頼りになる有り難い存在です。しかし、どれほど優れた答えを示してくれても、私と共に悩み、共に喜び、幸せを祈り続けてくれる存在ではありません。
これから先、子供たちも少なからずAIに相談しながら生きていく時代になるでしょう。その時AIは、正しい答えを示してくれるかもしれません。ですが、我が子の幸せを心から願い続ける存在にはなれません。その役目は、やはり親にしか出来ないのではないかと思うのです。
私たちの元の親、実の親である親神様について、『天理教教典』には以下のように記されています。
「親神は、ただに、神と尊び月日と仰ぐばかりでなく、喜びも悲しみもそのままに打ち明け、すがることの出来る親身の親である」
神様には嬉しいことも、悲しいことも、どんなこともそのまま安心して打ち明けることが出来ます。なぜなら、例えこちらが何かが出来ていても、何も出来ていなくても、神様の子供可愛い一条の親心は揺らぐことがないと信じられるからです。
誰もが長い人生の中では、生きる意味や、自分の存在価値を見失うことがあるかもしれません。だからこそ、子供たちには、いつでも、いつまでも揺らぐことのない神様の親心を感じながら、生き抜いていってほしいと願っています。
そのためにもまずは私自身が、どんな時も神様に喜びも悲しみも打ち明け、感謝しながら歩む姿を、子供たちに見せていきたいと思っています。
心に吹く風「思いは誰かに届く」
私は天理教の教会長ですが、それ以外にもいろんな活動に関わっています。宗教家としての熊本刑務所教誨師、行政では主任児童委員、そして学校ではコミュニティー・ティーチャーという立場を頂いて、たびたび小学校の英語の授業にアシスタントとして入っています。
あれは六年前のことでした。私の受け持っていた小学校六年生のクラスで、ちょっとした問題がこじれて、学級崩壊寸前まで追い込まれてしまいました。授業中も数人の児童が席を立ってうろつき、妨害してまともな授業になりません。先生は一生懸命に授業を立て直そうとしますが、子供たちは全く言うことを聞きません。先生の根気も限界に近づいていました。
卒業式が近くなったある日、こう申し出ました。
「一時間、私に道徳の授業をさせてくださいませんか。この子たちに伝えたいことがあるのです」
クラスの様子に手を焼いていた校長先生は、すぐに快諾してくださいました。
私はスライドを用いて、阪神・淡路大震災と東日本大震災の被災地へ、ボランティアに行ったときの写真を子供たちに見せました。
「人間とは、自分がつらく悲しいときにでも、もっとつらい思いをしている人を思いやることができる。そんな人間本来の、美しい心が現れる場面をたくさん見てきた。君たちにも、つらいことや嫌なことがあるだろう。もうどうなってもいいや、と思うことだってあるかもしれない。でも、そんなときに今日の話を思い出してほしい。もっとつらい人はいないかな。もっと苦しんでいる人はいないかな。自分もそうやって他人を思いやれる、美しい人間の一人であることを信じてほしい」
これで学級崩壊が見事に解決し、子供たちが立ち直った、となれば格好いいのですが、現実は、そう甘くありません。もちろん、真剣に聞いてくれている子もいましたが、相変わらず数人の子供は全く話を聞かず、うろうろするばかり。サポートに入ってくださった校長先生、教頭先生は、申し訳なさそうに目を落とされました。
私は「ああ、徒労に終わった」と、自分の力が足りないことを痛感しました。その後も苦い思い出として、ずっと心に小さな痛みを感じていたのです。
さて先日、息子が通っていた高校のPTA役員のOB会がありました。そこで、一年だけ役員をご一緒したある保護者の方が、私のところに来て、こうおっしゃいました。
「あなたは私の息子の運命を変えた人なんです」
私は突然の話に驚きました。
「息子は今年、〇〇大学の理学部地球科学科を受験します。なぜだか分かりますか?」
「分かりません」
「息子は〇〇小学校の出身です」
はっとしました。そうです。あの学級崩壊寸前の小学校でした。あれから六年。あの、あどけなかった小学生たちは、もう大学を受験する年齢になっていたのです。
「あなたは最後の道徳の授業で、息子たちに震災の話をしてくださったそうですね。あの晩、すごく感動したと、息子が私に話してくれました。それ以来、息子は地震に興味を覚えまして、中学校でもずっと、独学で地震のことを勉強していました。そして、いつの日か日本を、地震に負けない災害に強い国にしたいと思うようになったようです。そのために、大学でもっと地震について学びたいと猛勉強を重ね、今日まで頑張ってきたんです」
「そうでしたか。あの中にお子さんが…」
私は、子供たちに思いが全く届かなかったと心を倒していましたが、そうではありませんでした。あのときのつらい思い出も手伝って、思わず目頭が熱くなりました。
一生懸命に何かを伝えようとすれば、心に響く人がどこかにいるのですね。思いは誰かに届きます。決して無駄にはならないのです。
そして、一生懸命に伝えようとした真心を一番ご存じなのは? そう。すべてを見抜き見通しておられる神様ですよね。
(終)
HOME

