悠々まほろば散歩 [2] | 天理教・はじめてのかたへ

悠々まほろば散歩
聖徳太子ゆかりの地を歩く page2/2

エッセイ・聖徳太子ゆかりの地を歩く 「悠々まほろば散歩」 作家 片山 恭一×写真家 小平 尚典 < まえへ 1 2 つぎへ >

 好きな仏さまをゆっくり見せていただいた、という感じで斑鳩をあとにし、明日香をめざす。どうも聖徳太子に近づいているという感じがしない。でも、ここなら文句はあるまい。橘寺(たちばなでら)。聖徳太子誕生の地とされ、太子建立の七寺の一つとされる。う~ん、芬々(ふんぷん)たる厩戸の香り。まわりの田んぼでは稲穂が実りの時期を迎えている。畦道には真っ赤な彼岸花が咲いている。その花にカメラを向ける大勢の人々。田んぼのなかを寺へ向かう道の入り口に、「聖徳太子御誕生所」という石柱が建つ。いいぞ。ところがお寺の沿革では、太子との関係がはっきりしない。どうも言葉を濁している感じである。寺の創建年代も定かではないというから、エビデンスが重んじられる昨今、あまり断定的なことは書けないのだろうか。生誕にかんしても、なんとなくこのあたりで生まれたらしい、というニュアンスが濃厚だ。

橘寺 橘寺 【橘寺】赤い彼岸花、お地蔵さんの赤い帽子と前掛け、ついでに赤いリュックサック。水田の緑のなかに、思わず置いてみたくなる色。

 そういえば学校の教科書でも、このところ聖徳太子の存在は薄くなっているらしい。『日本書紀』の記述も法隆寺系の資料も、厩戸皇子よりかなり後の時代に作成されたとする研究が進み、厩戸皇子の事蹟(じせき)のみならす、聖徳太子の実在そのものが疑問視されているせいだろう。大雑把な印象では、厩戸皇子は実在したが、信仰の対象とされてきた聖徳太子は架空の人物である、といったあたりに落ち着きそうである。

白山神社 白山神社。太子と愛馬・黒駒、舎人・調子丸の像。

 太子ゆかりの地を歩く、というテーマで出発したものの、歩くほどに「聖徳太子、誰?」という思いが強くなってくる。出会うのは傍証や状況証拠ばかりで、確証に行き着かない。まあ、もともと伝説の人物であるなら、それも仕方がないかな。聖徳太子をめぐる話は、金太郎や桃太郎や浦島太郎のような昔話の類(たぐい)として受け取ったほうがいいのかもしれない。

筋違道 筋違道は飛鳥川に沿って明日香から斑鳩へと向かう。

 法隆寺バス停から近鉄飛鳥駅まで、「太子道(たいしみち)(筋違道〈すじかいみち〉)」と呼ばれる散策ルートが設定されている。斑鳩宮(いかるがのみや)と推古天皇の宮があった飛鳥のあいだを、太子が往来したとされる道である。まずは明日香村豊浦にある向原寺(こうげんじ)に向かう。もとは蘇我氏の邸宅であったとされる場所で、蘇我稲目(そがのいなめ)はここに仏像を祀(まつ)り、寺とするが、仏教の導入に反対であった物部氏に焼かれ、後に推古天皇が宮を移された、と寺の縁起にはある。すると摂政として太子が通勤していたところが、ここなのだろうか。

向原寺  向原寺 【向原寺】お寺の敷地を掘ると、推古天皇の宮の遺跡が。さらに掘ると、蘇我稲目の邸宅跡が。まるでローマだ。住職さんの解説にも熱が入る。拝聴するほうも真剣だ。

 もう少し太子道を歩いてみる。太子の創建と伝えられる飽波(あくなみ)神社には、彼が斑鳩から飛鳥へ通った折、休憩のために腰を掛けたという石がある。その説明には、「大和の国づくりや十七条憲法を思案したのだろうか」といったことが記されている。なるほど。気持ちはわかる。でも十七条憲法は後の時代のものだというし、聖徳太子の実在そのものが危うくなっているとあっては、説明そのものがいささか空疎なものにも感じられるのも事実だ。太子が母、妃とともに眠っているとされる叡福寺(えいふくじ)にお参りして、ひとまず私たちの旅も終了とすることにした。

叡福寺 【叡福寺】聖徳太子の墓前に営まれ、太子信仰の中核をなしてきたお寺だけに、それらしい趣をたたえる。御廟を訪れる人々は、いま何を思うのだろう。

 冒頭のお札の話に戻ろう。聖徳太子の肖像が、最初に絵柄として紙幣に登場するのは1930年(昭和5年)のことだ。ヨーロッパではナチス前夜、日本は1931年に満州事変を引き起こし、泥沼のような十五年戦争へ突入していく、そうした時期に聖徳太子は日本銀行券として登場したことになる。現在の日本が、その時代に似ているという指摘は、多くの識者によってなされている。もう一度、同じ過ちを繰り返すのか。それとも新しい社会や世界のあり方を構想することができるのか。

 いずれにしても、平和や自由が、もはや空気のごとく享受できるものでなくなっていることは間違いない。これからは誰も呑気にはしていられない。ただし聖徳太子には、斑鳩の里で呑気にしておいてもらおう。ご苦労様でした。これからは聖徳太子抜きで、私たち一人ひとりが、この国と世界の行く末を考えていきます。

【悠々まほろば散歩「聖徳太子ゆかりの地を歩く」 おわり】

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