天理教の教え

【いんねん】


 元のいんねんに隠された親の思い。
 心のつかい方は身の回りにいろいろな形をもって表れてきます。この表れてくることを「いんねん」といいます。
 人のため、世の中のために惜しみなく心と身体を使っている人には、日増しに本来の姿で暮らせるような状況がまわりに出来上がってきます。すべての人間はこの本来の姿で暮らすことができるのです。これを人間の元のいんねんといいます。
 しかし、人間は、いろいろな心づかいをするものです。心づかいを種まきに例えると、善い種もまけば、良くない種もまきます。よい種ならばよい結果 が現れ、良くない種であれば悪い結果が現れます。
 およそ、どんな種も、まいてすぐ芽生えるものではありません。いんねんも、自分一代の心のありかたを見せられることもあれば、過去幾代の心のありかたを見せられることもあります。
 自分一代のことであれば、静かに思い返せば、気がつくところもありますが、前生いんねん、つまり自分が生まれる前のことはよくわからないものです。先ずは自分の過去を眺め、更には先祖を振り返り、心にあたるところを尋ねて行くならば、自分のいんねんを悟ることが出来きます。これがいんねんの自覚です。
 親神が、種々といんねんを見せられるのは、そのことによつて人々の心を入れ替えさせ、あるいは勇ませて、陽気ぐらしをさせたい、との篤い親心からであつて、決して、罰のように苦しめよう困らせようとの思いからではありません。
 親神は、[節から芽が出る」とか、「事情、身上(病)は道の華」と教えています。ですから、私達は、どんな辛く、苦しい中でも不足や案じ、疑いの心を捨て、親神の深い親心にもたれ切ることが大切です。そのように心を治めて通 るならば、すべては、陽気ぐらしの元のいんねんに復元されて、身体は限りない親神の恵に包まれ、心は益々明るく勇んで来るのです。